将来の夢がないなら無理に作る必要はない。今これから夢中になれることを探そう!

「将来の夢がない、、、」
「どうやって見つければいいのだろう」

と悩みますよね。私も「将来の夢はなんですか?」と聞かれるたびに違和感を感じ、なんて答えるのが正解なんだろう、と考えを巡らせたものです。

結論として、将来の夢がなくても無理に作る必要はありません。少なくとも”夢はあるべき”という固定観念に屈して自分自身を騙すのはやめてください。

漫画やアニメでも「夢や目標に向かって頑張り続けること」が美談として語られるケースが多く、小さい頃から「将来の夢は?」と、まるで夢があることが当たり前かのような教育が行われているので勘違いされやすいのですが、夢は必要ではありません。

いま興味があることに全力を尽くしましょう。空虚な夢ではなく、今この瞬間を一生懸命駆け抜けることに命を燃やしましょう。今回はそんな話をします。

将来の夢がないことを恥じる必要はない

将来の夢がないことを恥じる必要はありません。なぜなら本気で叶えたい夢がある方は人類の5%程度に過ぎないからです。

私を含めて残りの95%の人間は、なんとなく日々を生きて、小さな幸せを味わいながら歳を取り、たいした偉業も成さずに人生を終えるのです。

ここ数千年間で何人もの人間が誕生しましたが、いまこの時代に名前が語り継がれる人間はごく一部です。99.999%は「過去のもの」として忘れ去られます。

ほとんどの人間は心にもない夢を掲げている

夢が必要だと勘違いしているせいで、就活や転職活動になった途端、急に「貧困をなくしたい」「食で人々を幸せにしたい」と、心にもない夢を掲げてしまう現象が起きます。

しかし、本気で考えてはいないので「ではその夢を叶える最短の道を通ればいいのでは?いまは具体的になにをしていますか?」と指摘され、苦しい言い訳しか返せなくなるのです。

夢がないことを恥じる必要はありません。そもそも日本人のほとんどは夢なんて持っていないことがほとんどです(もちろん私もその一人です)

むしろ恥ずべきは、本心で納得していないのに、”夢はあるべき”という固定観念に屈し、自分自身を騙してしまうことだと思います。

夢を持ち続けられるのは才能がある人だけ

小学生の頃から医者になりたい、サッカー選手になりたいと思ってから、中学生、高校生となっても変わらず夢を追い続けられるのは、自身の才能と運命的な出会いがある人だけです。

たいていの人は「やりたい!」と憧れはありつつも、自分の能力に限界を感じ、小さな挫折を繰り返し諦めていきます。それが大人になるということです。

本当の夢が見つかるのは、可能性の芽が閉じて収束していく段階

本当に成し遂げたいことが見つかるのは「合う合わない、できるできない」といった試行錯誤を繰り返し、自分にはこれがピッタリだ(これしかない)と思えるようなことと出会ってからです。

つまり色々試してみないと、本当にやりたいと思えるものは見つからないということです。

反対に、小学生が夢を掲げられるのは「無知で知能が低いから」です。自分に今後どのような選択肢があるのかを知らず、「いま見えている世界がこの世の全てだ」と信じているからこそ、自信満々に夢を語れるのです。

実際、ほとんどの小学生は現実を知らないので、夢を聞かれると「職業」を答えます。しかし、おそらく幸せになるために「働くこと」が必要な大人はほとんどいないでしょう。

変化の激しい現代では”どう生きるか”が重要

数千年前と違い、変化が激しい現代においては、いま見えている世界から「将来のこと」を決めつけてしまうのではなく「今を全力で生きること」の方がずっと重要です。

予測できない未来を深く考えても仕方がない

そもそも未来のことは予測できないので数年先まで考えても仕方ありません。なにより「専門家の予想ですらほとんど外れている」という残酷な統計があります。

実際、心理学者フィリップ・テトロックの調査では、1980年~2000年でされた専門家の予測(3万件近く)はほとんどが外れていました。

さらに2011~2015年の追加調査でも、予測が当たるのは1年先が限界で、5年先になると全く当たらないとされています。(出典:21世紀の啓蒙 上: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩 (草思社)

このように、専門家ですら未来の予測精度が当てずっぽうレベルということを踏まえると、一般人である我々が、遠い未来を思い描いても意味がないのです。

全力で生きた”今”の積み重ねは必ず実を結ぶ

有名なキャリア理論「計画された偶発性理論」においても、個人のキャリアの8割は偶発的な出来事で決まるとされています。過去に決めた”夢”ではありません。

そしてキャリアを良い方向に導く出来事は、5つの行動特性(好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心)で呼び込めるとされています。たとえ現時点で夢や目標がなくても”今を集中して生きる”ことで、いつか遠くない未来で意味を成すことが説かれているのです。

Connecting the dots(点と点は繋がる)

スタンフォード大学の卒業式スピーチにて、スティーブ・ジョブズが取り扱った有名な話に「Connecting the dots(点と点は繋がる)」があるので紹介しておきます。

Connecting the dotsとは、過去の経験が、未来のどこかで、その当時は思いもよらなかったことに繋がっている状況を指しています。

Text of Steve Jobs’ Commencement address (2005) |STANFORD UNIVERSITY

自分の興味の赴くままに潜り込んだ講義で得た知識は、のちにかけがえがないものになりました。たとえば、リード大では当時、全米でおそらくもっとも優れたカリグラフの講義を受けることができました。キャンパス中に貼られているポスターや棚のラベルは手書きの美しいカリグラフで彩られていたのです。

退学を決めて必須の授業を受ける必要がなくなったので、カリグラフの講義で学ぼうと思えたのです。ひげ飾り文字を学び、文字を組み合わせた場合のスペースのあけ方も勉強しました。何がカリグラフを美しく見せる秘訣なのか会得しました。科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになったのです。

もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。美しいフォントを持つ最初のコンピューターの誕生です。

もし大学であの講義がなかったら、マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう。ウィンドウズはマックをコピーしただけなので、パソコンにこうした機能が盛り込まれることもなかったでしょう。もし私が退学を決心していなかったら、あのカリグラフの講義に潜り込むことはなかったし、パソコンが現在のようなすばらしいフォントを備えることもなかった。

もちろん、当時は先々のために点と点をつなげる意識などありませんでした。しかし、いまふり返ると、将来役立つことを大学でしっかり学んでいたわけです。

繰り返しですが、将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。

だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

引用: 「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳|日本経済新聞

ここからわかるように、今を全力で生きているからこそ、次に活かせる学びに繋がりますし、過去の点と点を繋げて、一つの線を作ることができるのです。そのため、無理に大きな目標を作ろうとせず、今やりたいことに全力を注いでください!

困ったら”幸せになること”が夢だと言えばOK

もし、あなたが授業の発表や進路指導などで何て答えれば良いか迷ったら、下記のように答えましょう。どちらも人間誰しもが感じる欲求なので間違いではありません。

  • 幸せになること
  • 死ぬときに後悔しないようにすること

上記に伴って「自分にとって幸せってなんだろう」「死ぬときにどういった後悔をしたくないだろう」と考えると、少なからず自分が大切にしたい価値観が見えてきます。

将来の夢ではなく、今”夢中”になれることを探そう

夢や大きい目標を持つことが美徳と盲信されている現代において、この考え方は「将来の夢」に悩む全ての人に読んでいただきたい内容です。

例え、現時点で夢や目標がなくても、無理に作ろうとせず、いつか遠い未来で点と点が繋がることを信じて、常に今を全力で生きてください。

いま興味があることに全力を尽くしましょう。空虚な夢ではなく、今この瞬間を一生懸命駆け抜けることに命を燃やしましょう。

このページを読んだあなたの人生が、より豊かなものとなることを祈っております。