適応障害とは
適応障害(Adjustment Disorder)とは、ある特定の環境において、気分や行動に変調をきたす精神疾患/精神障害のことで、ストレスとなる理由が明確であり、不安感や抑うつをはじめとした様々な症状により、社会生活に支障をきたしていることが特徴です。
例をあげると、人間関係に問題があったり、やりたくない仕事をやらされ続けていたり、残業が続き睡眠が満足に取れていなかったり、などストレスを長期的に受けていたことを理由に、下記のような症状が出ているときには「適応障害」と診断されるケースがあります。
- 頭がぼーっとして思考がまとまらない
- 仕事のことが頭から離れなくて夜も眠れない
- なぜか玄関から出ることができない
他にも、激しい気分の落ち込みに苛まれてしまったりすることがあります。神経が過敏になって周囲の目が気になって仕方なくなったりすることもあるでしょう。
当然、気分の落ち込みや不安は誰でも日常的に抱くことがあるものです。
しかし、それが特定の環境に置かれている間(例:就業中)や、その環境に近づかなければならない状況(例:出社前)で毎回のように抱いている。かつ、その場から離れられるとき(例、休日や帰宅後)になると気持ちが楽になる、といった状態が繰り返されていると「適応障害」と診断されることがあります。
適応障害とうつ病の“違い”はストレス因の明瞭さ
同じような気分の落ち込みを特徴とする精神疾患には「うつ病」などの気分障害がありますが、これらは、特定の場面や状況から離れれば気持ちが楽になる、というような“因果関係”はありません。
基本的に、不調のきっかけにはっきりした心当たりや原因はなく、段々と調子を崩し、いつのまにか生きる意欲や気力すらなくなっていってしまうことが通例です。(もちろん、不安が高まりやすい場面や、気分が落ち込みやすい状況はありますが)
これに対して、適応障害は、ストレスとなる場面や状況がはっきりしており、本人も不調になり始めたきっかけや出来事を認識しているのが特徴的です。ストレスになっている原因から離れることで症状が改善するため、職場の異動や休職が有効になりやすいと考えられています。
ただ、最初は「適応障害」と診断されていても、次第に不調をきたす場面や状況が増え、日常生活全般にわたる気分の落ち込みや意欲の減退が長く続き、「うつ病」の診断を受けることもあります。
適応障害の診断基準(DSM-5)
ここでは適応障害の診断基準についてDSM-5を意訳しつつ引用していきます。一般の方はDSM-5についてご存知ないと思いますので、最初に簡単に説明しますね。
診断基準となる「DSM-5」とは
DSM-5とは、アメリカ精神医学会発刊の『Diagnosis and Statics Manual of Mental Disorders(精神疾患の診断・統計マニュアル)』の第5刷を略したものです。
未知の部分が多い精神疾患や精神障害について、ほとんどの精神科医が、この「DSM-5」をスタンダードとして、診療や研究にあたっています。
余談ですが、DSM-5にはいくつかの似通った精神疾患が章ごとにまとめられており、「適応障害」は、第7章「心的外傷およびストレス因関連障害群」のなかに記載されています。
DSM-5 第7章「心的外傷およびストレス因関連障害群」
第7章「心的外傷およびストレス因関連障害群」に含まれている精神疾患/精神障害はどれも、心的外傷(Trauma)やストレスの強い出来事(場面や状況を含む)に曝された経験と発症や症状が強く関連づいていることが共通しています。
他には、例えば、幼少期に不適切な養育(虐待など)に曝された経験が原因となる「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害(Reactive Attachment Disorder)」や災害や犯罪被害に曝されたことが原因となる「心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder:PTSD)」などもこの章に含まれています。
適応障害の診断基準
DSM-5に記載されている「適応障害」の診断基準は以下のようになっており、基準Aと基準Eが適応障害の特徴をよく表しています。専門用語が多いため、わかりやすく意訳して解説します。
A. はっきりと確認できるストレス因(環境や場面、状況、相手)に初めて触れてから3ヶ月以内に気分や行動に関する症状が出始め、そのストレス因に反応するようにして繰り返し症状が出現している
B. 基準Aの症状は次の(1)(2)あてはまり、専門家が治療の必要性を感じるほどのものである
(1)そのストレス因に曝されたときに人が通常感じるストレスや苦痛の程度を著しく超えており、それはその人が置かれている社会環境や文化的影響を考慮しても通常の範囲を超えている。
(2)症状がその人の社会生活・職業生活などの日常生活に顕著な支障を与えている。
C. 症状は他の精神疾患の症状ではうまく説明できず、すでにその人が抱えている精神疾患の単なる悪化とは考えられない
D. 症状は正常の死別反応(家族や重要な他者との死別をきっかけとする抑うつ症状など)を示すものではない
E. そのストレス因に触れずに済むようになった後、6ヶ月以内に症状が改善する
適応障害の症状メカニズム
ここでは、適応障害の症状メカニズムについて順番に解説していきます。
- 1)発症のリスク要因・環境
- 2)症状の起こりやすさと経過
- 3)症状の起こりやすい場面や出来事
1)発症のリスク要因・環境
大きなストレスに曝されることが発症の原因となります。ストレスに感じる要素は人それぞれなので、下記のように、さまざまな適応障害があります。
- 職場や学校でのストレス
- 家族不和からのストレス
- こどもが生まれて親になることへのストレス
- 定年引退に伴う仕事のない生活へのストレス
その人にとってストレスとなるあらゆる場面、心身の負担を伴う生活上のあらゆる変化が、適応障害の発症原因となりえます。
ストレス因は複数ある場合もある
ストレス因は、一つの出来事である場合もあれば、複数の出来事が重なっている場合もあります。
例えば、人事異動と離婚の時期が重なったり、昇進と同時に介護問題が生じたりするような場合では、無意識下でストレスを溜め込み続けてしまい、体調が崩れやすい傾向にあります。
さらに、ストレス因が持続する場合(特に、一定の間隔で繰り返しストレス因に曝されてしまう場合)は、発症と症状慢性化のリスクが高まるとされています。
ストレスとストレス耐性のイメージ
ストレスは、外部からの様々なストレッサー(ストレス因)が外側からその人の心身に与える“圧力”のようなものです。
膨らませた水風船をイメージしてみてください。これが私たちの心だとします。机の上に置いた水風船の上に手を置いて押さえます。次第に押す力を強くしていくと、そのうち割れてしまいます。
この上から押す力がストレス因、押している力がストレスです。当然、ストレスが大きければ大きいほど、水風船は割れ、私たちの心は通常のバランスを失ってしまいます。(つまり適応障害の発症です。)
では、水風船が複数あったとします。同じ力で水風船を押しても、割れるものと割れないものがあります。割れるのを防いでいるゴムの伸びと内側から押し返す力、これらがストレス耐性です。
同じ水風船と言っても、ゴムの厚さや膨らみ具合、なかに入っている液体の成分が異なれば、ストレス耐性が変わります。外側から押される力(ストレス)が強くても、その人のゴムの伸びや内側から押し返す力(ストレス耐性)が強ければ、水風船は割れません。
2)症状の起こりやすさと経過
適応障害は、非常にありふれた精神疾患です。外来で精神科治療を受けている人のうち、10~20%が適応障害と報告するものもあるくらいです。
ただ、適応障害と診断されても、5年後には半数前後の人が別の診断名(例:うつ病)に変更されています。適応障害はその後の重篤な精神疾患/精神障害の前触れ症状でもあるからです。
実際、適応障害はあくまで「明確なストレス因を原因とした一時的な不調」なので、ストレス因から離れると3ヶ月前後で症状が改善します。そのため、ストレス因から離れても改善しない場合は、他の精神疾患が疑われてしまうのです。
3)症状の起こりやすい場面や出来事
適応障害は、ストレスと因果関係が深い精神疾患なので、その人にとってストレスが大きい場面や出来事が、症状の起こりやすい場面です。
そして、ストレスの感じ方やストレス耐性は人によって異なるので、本当に人それぞれとしか言いようがありません。
適応障害の治療方法
一般的に、適応障害は、明確なストレス因を原因とした一時的な不調状態なので、ストレス因を除去する環境調整(休職等)をおこなえば、3ヶ月前後で症状は回復します。
ただ、環境調整に時間を要したり、自律神経の乱れから身体症状を招いたりしている場合には、段階に応じて薬物治療を行うケースもあります。
- 環境調整によるストレス因の除去
- 心理療法によるストレス耐性の強化
- 適応障害への薬物治療
ここからは、適応障害の代表的な治療方法について順番に解説していきます。
環境調整によるストレス因の除去
ストレス因から離れることさえできれば、症状の改善が見込めるので、環境調整による「ストレス因の除去」が第一選択です。
もし、ストレス因が職場や学校にあるなら、所属機関に対し、ストレス因を避けるための合理的配慮をお願いすると良いでしょう。
このとき、医師による診断書や意見書、または臨床心理士の情報提供書や意見書に「どんな合理的配慮が必要となるのか」を書いてもらうと交渉に役立ちます。例えば、机の配置換え、人事異動、職務負担の軽減、比較的短期間の休職などがよく行われる合理的配慮です。
また、職場ではなく介護問題ならば、行政福祉に相談してサービスの拡充、子育て問題ならば適応障害を理由とした保育園の入所認定、などによってストレスを軽減することが有用です。
心理療法によるストレス耐性の強化
ストレス自体を軽減できない場合、あるいは十分にストレス因を除去できない場合には、心理療法や専門的な心理カウンセリングを受け、ストレス耐性を高めていく方法が役に立ちます。
ストレス耐性を高める方法にはいくつかありますが、大きく3つに分けられます。
気晴らしで心の疲労をリリースする
心に溜め込んでしまっている心の疲労を、カウンセリングによって吐き出すのも一つの手です。
そして、日頃から疲労を溜め込まずにリリースできるような対処方法(気晴らし)を一緒に考え、それを実践することで心の疲労を小さくしていきます。
頭を柔らかくして心の柔軟性を高める
人はついつい、「~すべきだ」「~しなければならない」と自分を追い詰めてしまうところがあるので、心の柔軟性を高めることで、ストレスを押し返すことができるようになります。
また、人に対して厳しく批判したり、粗を探したりするくせがついてしまっていると、不調をきたしたときにそれが自分に向かってしまいます。
こういう場合は自分や他者の肯定的な部分を見つけるクセを付け直すことが役立つのですが、思考のクセはひとりでやってもなかなか修正できません。
心理療法や専門的な心理カウンセリングで専門家の力を借りながら行うことが効率的です。
適応障害への薬物治療
ストレス因排除の環境調整や、心理療法や心理カウンセリングは、効果が出始めるのに時間がかかりやすい傾向があります。不眠や不安感が強くて日常生活に差し障りがあると、環境調整や心理療法に取り組むことすら難しくなってしまうでしょう。
こうした場合は、睡眠導入剤や抗不安薬、抗うつ薬のSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)などを使って、環境調整や心理療法を行うための準備を行います。軽度ならまずは睡眠の改善から始めて、ストレスが強ければデュロキセチンなどを処方することがありますね。
ただし、適応障害の薬物療法は「症状に対して薬を使う」という対症療法に過ぎず、根本的な治療を期待できるものではありません。そのため、薬物療法で状態が改善したら、環境調整や心理療法を並行して行うことで回復と再発予防に取り組んでいくことが大切です。
適応障害のセルフケアと予防
適応障害は、ストレスに曝され続けたり、ストレスを吹き飛ばそうとやたらに正面対決したりすることで悪化してしまいます。
調子を崩しているときにはまずはストレスからなるべく距離をとり、状況を客観的に見るようにしてみることが大切です。
人は大きなストレスを感じているとき、自分が置かれている状況が不適切であるということになかなか気付けず、やみくもに対処しようとしてますます状況を悪くしてしまう傾向にあります。一度距離をとって客観的に状況を見ることで初めて、本当の意味で役に立つ対処方法を考えられるようになるのです。
日頃からできる予防には、気晴らしを取り入れて心の疲労と溜め込まないようにすること、自分や他者の肯定的部分や今の状況のなかで自分がやれていることに目を向けるクセをつけておくことなどがあげられます。
適応障害の方に配慮すべき点
適応障害は、特定の場面や状況でのみ不調に陥るので、言い換えると、特定の場面以外では大きな不調はなく、元気に見えてしまうことがあります。
一見すると元気に見えてしまうので、周囲は、本人にやらせようとしてしまいます。
- 甘えている
- やる気がないだけだ
- 仕事や勉強をやりたくないだけでは?
結果として本人に「ストレス因との直接対決」を促すこととなり、不調を悪化させやすい状況を本人に勧めてしまうことになってしまってしまうのです。
そのため、ストレス因から遠ざかれるように手助けすることが最も大切です。
さいごに
ここまで適応障害について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
改めて再掲すると、適応障害(Adjustment Disorder)とは、ある特定の環境において、気分や行動に変調をきたす精神疾患/精神障害のことを指しています。
明確なストレス因を原因として、一時的に抑うつ状態等に陥ってしまう精神疾患なので、ストレス因から離れることが一番の治療です。仕事等であれば、無理はせず休職をおすすめします。
このページを読んだあなたの人生がより豊かになることを祈っています。