アンカリング効果とは
アンカリング(Anchoring)効果とは、とある事象に対して最初に接触した情報がその後の印象や判断、意思決定にまで影響を及ぼすという「認知バイアス」の一種です。
この「情報」は主に数値(アンカーと呼ばれます)において言及されることが多く、マーケティング分野などで多用されます。例えば値引き表示です。
¥100,000¥90,000- ¥90,000
おそらく多くの人が前者を得だと感じるはずです。
不十分な調整説
トベルスキーとカーネマンが推測したのは、「不十分な調整説」です。
これは、与えられたアンカーを始点として予測を行うため、最終的な値がアンカーに引きずられて不十分になってしまうというものです。
「10%より上か下かだとしてどのくらいか」といわれて「99%」という推測をすることや、「90%より上か下か」といわれて「1%」という推測をすることが難しくなるということです。
選択的アクセシビリティ説
Thomas MussweilerとFritz Strackは1998年に「選択的アクセシビリティ」説を提唱しています。
これは、提示されたアンカーを基準としてこの数値の根拠になるような情報を選択的に収集してしまうことからアンカリング効果が起きるというものです。
先ほどの例でいえば「アフリカ大陸」に「65%」というアンカーを与えられた際、すでに「アフリカ大陸は大きいから(割合も大きくなるだろう)」と、基準がズレてしまうといったものです。
アンカリング効果の提唱者と実証実験
アンカリングが起きるメカニズムのひとつとして、エイモス・トベルスキー(Amos Tversky)とダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)が1976年にいくつかの実験を行っています。
アンカーを提示した実験
この実験では、2つのグループに分けた被験者に対して「国連加盟国の中でアフリカ大陸にある国の割合は『○○%』より大きいか小さいか」という質問し、具体的な数値を回答させ、比較しています。
- 65%
- 10%
上記の問いで中央値を比較したときに、前者だと「45%」で、後者だと「25%」と、事前に提示した数値によって差がつくことがわかりました。
- 65%の場合
→回答の中央値45% - 10%の場合
→回答の中央値25%
ここから、判断がアンカーに影響されたことが示されました。
アンカーを提示しない実験
こちらはアンカーを1つに提示していない実験です。
被験者を同じく2つのグループにわけて「8×7×6×5×4×3×2×1」の答えと「1×2×3×4×5×6×7×8」の答えを5秒以内に推測させました。
すると、最初に大きな数値が配置された前者では中央値が2,250、逆に小さな数値が与えられた後者では512と、やはりアンカーによってバイアスが生じていることがわかりました。
ちなみに正解は40,320です(今回の実験では関係ありませんが)。
アンカリング効果はビジネスに応用できる
アンカリング効果はビジネス場面でさまざまな応用が利きます。
価格表示の工夫(注意あり)
これは、冒頭で紹介した例のようにあえてアンカーの価格を高く記載することによって「得」だと思わせ、購入につなげるというものです。
「メーカー希望小売価格」という表示がありますが、それをあえて大きく目に入るように記載した上で打ち消し線を引き、低い数字を提示します。
すると顧客は最初に目に入ったメーカー希望小売価格をアンカーとして検討材料とするため、購入率が高くなるんですね。
選択的アクセシビリティの面でいえば、他の商品と比較する際も「メーカー希望小売価格」を基準とした情報を集めることになるでしょう。
ただしこれは「二重価格表示」といって不当な価格表示ガイドラインに該当する可能性があるため、使用には十分注意をしてください。
上位グレードの商品を設ける
一番売りたい商品に加えて「上位グレード」の商品を作り、上位グレードの商品を積極的に宣伝することで「本来一番売りたい商品が安価で得」と思わせる手法を指します。
なお「上位グレード」とはいわゆる「ハイエンド商品」と呼ばれるものです。
商品というと「そんなものを開発しているコストがない」と思われそうですが、これはメーカーに限らず飲食店でもよいんですね。
例えば、レストランで最高級の素材と至れり尽くせりのサービスを加えたメニューを用意しておくことで、それより低い価格帯のメニューが選ばれやすくなるという仕組みです。
アンカーを高くして納得感を与える
これはハイブランドのアパレルや高級インテリアなど、高価格帯のプロダクトを販売する際に有用です。
ショーウインドウや、店の内装をあえて豪華なものにしておくことでそれがアンカーとなり、「この店の商品は高級なものだ」という基準が顧客の中に生まれます。
すると、価格を見たときに「たしかにこういう店だからこれくらいはして当然だ」という納得感が生まれるため、購入への抵抗感が減るわけです。
これはマーケティング戦略やブランディング戦略にもかかわる部分なので、あえてエグゼクティブ層だけをターゲティングする場合などに有効といえるでしょう。