認知症|脳の神経細胞が減少して日常生活を正常に送れない脳の病気

この記事を書いた専門家
長谷川
長谷川
国立大学卒業後、メンタルヘルス関連の専門的心理相談業務に従事。臨床心理学関連の論文執筆歴多数(保有資格:臨床心理士、公認心理士)

認知症とは

認知症とは、脳の神経細胞が破壊されたり減少したりすることで、日常生活を正常に送れない状態になってしまう脳の病気です。

認知症にはいくつかのタイプがあり、タイプによって色々な原因が指摘されてはいますが、その全ては明らかになっておらず、治療法も確立していません。

いまのところ、認知症は脳に関する病気であることから、医学界では「精神疾患(障害)」として扱われています。(しかし他の精神疾患(障害)とは発症メカニズムが異なっているので、いずれは別の病気として扱われるようになるかもしれません。)

認知症で能力低下が見られる神経認知領域

認知症は、大きく6つに分けられる神経認知領域における能力低下を特徴とする、進行性の病気です。

  1. 複雑性注意
  2. 実行機能
  3. 学習と記憶
  4. 言語
  5. 知覚―運動
  6. 社会的認知

それぞれ簡単に説明していきます。

①複雑性注意

複雑性注意とは、注意を維持したり、振り分けたりする能⼒です。

一定時間決まった物事に注意を向け続けておく能力(持続的注意)、複数の情報のなかから必要な情報にだけ注意を向ける能力(選択性注意)、2つの物事に対して同時に注意を向ける能力(分配性注意)、特定の物事に対して注意を向けて素早く処理する能力(処理速度)などが含まれます。

②実行機能

実行機能とは、計画を立て、それを適切に実⾏する能⼒です。

目的や目標に向けて建設的に手続きしていく能力(計画性)、複数の選択肢があるときにより適切なものを選び出して実行する能力(意思決定)、目や耳から入る情報を短時間頭のなかにとどめて頭の中でイメージ操作する能力(ワーキングメモリー)などが含まれます。

③学習と記憶

物事を覚えて記憶する能力です。ごく短い間だけ必要な情報を覚えておく能力(即時記憶)、新しい情報を記憶する能力(近時記憶)などが含まれます。

④言語

⾔語を理解したり表出したりする能⼒です。ものや人とその名前を対応させて呼ぶ能力(表出性言語)、言われた言葉が指すものが何かを理解する能力(受容性言語)などが含まれます。

⑤知覚―運動

外界を正しく知覚したり、道具を適切に使ったりする能⼒です。

目に入るものを正確に認知する能力(視知覚)、目で見たものを模写やパズルなどの手を使った作業で再現する能力(視覚構成)、人の顔の識別のように部分部分を統合して全体を認知する能力(認知)などが含まれます。

⑥社会的認知

他者の気持ちに配慮したり、表情を適切に把握したりする能⼒です。

様々な人の表情から相手の感情を識別する能力(情動認知)、相手の状況や語の文脈を手掛かりに他者の精神状態や体験を考慮する能力(心の理論)などが含まれます。

認知症と近しい症状との違い

ここでは認知症と近しい症状や疾患との違いを解説していきます。認知症は、記憶を忘れてしまうという点において「物忘れ」と近く、症状全般が「せん妄」と近いことが知られています。

  • 認知症と物忘れの違い
  • 認知症とせん妄の違い

物忘れと認知症の違い

加齢に伴う「物忘れ」と、脳の神経細胞が急激に破壊されることで生じる「認知症」は、忘れている自覚の有無が異なります。

  • 物忘れは、忘れている自覚がある
    例:前の日の食事内容を忘れる
    例:知人の名前を思い出せない
  • 認知症は、忘れている自覚がない
    例:食べたことを忘れてしまう
    例:目の前の人が誰かわからない

このように「物忘れ」は、あくまで“記憶の断片”が抜け落ちてしまっているだけなので忘れている自覚がありますが、「認知症」は、“記憶の全て”が抜け落ちるので忘れている自覚がありません。

物忘れであれば、忘れている範囲もごく一部で、手がかりがあれば思い出すこともできます。対して「認知症」は、脳の神経細胞が破壊されているので思い出せません。

そのため、本人に自覚はなく、進行が進むことで日常生活にも支障が出てきます。また、認知症は病気なので、年齢とは関係なく早ければ30代ごろから発症する可能性があります。

認知症とせん妄の違い

せん妄とは、見当識障害に始まり、睡眠障害や気分障害を引き起こす精神疾患です。進行性の認知症と異なり、せん妄の状態からは比較的短期に回復することができます。

せん妄の症状例
  • 見当識障害(時間や場所がわからない)
  • 睡眠障害(日中の眠気、夜の焦燥感、不眠)
  • 幻覚・妄想
  • 注意力や思考力の低下
  • 情動や気分の障害(不安や恐怖、気分の落ち込み、無気力、イライラ、怒り)

このような症状が出ては急激に変化します。例えば、急に目の前の人を怒鳴り散らし始めたり、ぶつぶつと独り言を言ったり、うなり声をあげたり、などです。

せん妄は、大抵の場合、数日間で回復しますが、的確な処置が行われないと昏睡や死に至ることもあります。ちなみに、1日の中でも症状の強弱があり、夕方に悪化する傾向が見られます。

せん妄は認知症の症状としても生じますが「せん妄」と診断されるのは、認知症ではない場合のみです。なお、せん妄は体の疾患や老化により生じやすく、年齢とともに有病率があがります。

認知症の4大下位分類

認知症は、その原因によって11の分類があります。中でも、脳の神経細胞の変質によるものと考えられているのは、以下4つの分類です。

  1. アルツハイマー病
  2. 前頭側頭葉変性症
  3. レビー小体病
  4. 血管性疾患

ちなみに、上記4つの分類で認知症の9割を占めています。(最も有病率が高いのはアルツハイマー病による認知症であるとされています。)

①アルツハイマー病による認知症

「海馬」という主に記憶を司る部位を中心に、脳の広範囲にわたって病変し、脳の神経細胞が死滅していきます。

6つの神経認知領域のうち、学習と記憶領域に障害が出現し、次第に他の領域にも障害が広がっていきます。余談ですが、女性の方に多く見られます。

②前頭側頭葉変性症による認知症

前頭葉と側頭葉の前部が萎縮したり、血流が悪くなったりすることで生じます。もの忘れよりも、人格の変化や自発性の低下が目立ちます。

衛生観念し、同じ言動や行動を繰り返すようになるもの特徴的です。神経認知能力の低下はさほど見られず、初診が遅くなりがちです。

症状が進むと社会的に不適切な行動を起こすことがしばしばあり、家族や周囲の人が悩んだ末に受診につながることが通例です。症状は年単位で、比較的ゆっくり進行していきます。

③レビー小体病による認知症

レビー小体という、脳の神経細胞に出現する異常なタンパク質が、大脳皮質や脳幹に蓄積することで生じる認知症です。

調子が良いときと悪いときをまだらに繰り返して進行すること、妄想や幻視を生じることが特徴的です。手足が小刻みに震えたり筋肉がこわばったりするパーキンソン症状もよく見られ、女性よりも男性の有病率が高いと報告されています。

調子が良いときと悪いときをまだらに繰り返しながら進行し、進行速度はアルツハイマー病による場合よりも速いのが通例です。

④血管性疾患による認知症

脳梗塞や脳出血など、脳血管障害によって生じる認知症です。生活習慣病との関わりが深いと指摘されています。

脳梗塞や脳出血によって影響を受けた脳の部分によって出現する症状が変わりますが、運動麻痺や記憶障害がよく見られます。

経過も脳梗塞や脳出血からの影響によって左右されますが、徐々に進行するのではなくあるときガクッと階段状に悪化します。症状があるところで固定され、その後は進行しない場合もあります。

その他の原因による認知症

個別には解説しませんが、その他を原因とする認知症には下記のようなものがあります。

  • 外傷性脳損傷による認知症
  • 物質・医薬品誘発性による認知症
  • HIV感染による認知症
  • プリオン病による認知症
  • パーキンソン病による認知症
  • ハンチントン病による認知症
  • 他の医学的疾患による認知症

参考文献:DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル

認知症の診断基準(DSM-5)

ここでは、認知症の診断基準についてDSM-5を意訳しつつ引用していきます。ほとんどの方はDSM-5をご存知ないと思いますので、最初に簡単に説明しますね。

  • 診断基準となる「DSM-5」とは
  • 認知症の診断基準
  • せん妄の診断基準

なお「せん妄」は認知症の症状としても生じるので、合わせて紹介していきます。では見ていきましょう。

診断基準となる「DSM-5」とは

DSM-5とは、アメリカ精神医学会発刊の『Diagnosis and Statics Manual of Mental Disorders(精神疾患の診断・統計マニュアル)』の第5刷を略したものです。

未知の部分が多い精神疾患や精神障害について、ほとんどの精神科医が、この「DSM-5」をスタンダードとして、診療や研究にあたっています。

余談ですが、DSM-5にはいくつかの似通った精神疾患(障害)が章ごとにまとめられており、認知症は、第17章「神経認知障害群(Neurocognitive Disorders)」にまとめられています。

この第17章には他に、注意や意識の能力低下があるものの、進行中の神経認知障害ではうまく説明できない「せん妄」「軽度認知障害」が記載されています。

認知症の診断基準

ここでは認知症の診断基準を解説していきます。ちなみに「軽度認知症」は、認知症の程度が軽度な場合を指し、診断基準に大きな違いはありません。

A. その人が元々持っていた能力に対して、6つの神経認知領域(後述)のうち1つ以上の領域で能力の低下があり、それが以下の(1)(2)の両方を満している

(1)本人、本人をよく知る情報提供者、または専門家によって、日常社会生活に支障をきたしている、あるいはやがて支障が出ることが強く予測される程度に能力が低下している
(2)診断に有用であるとわかっている神経心理学的検査、あるいはそれに準ずる臨床的評価によって、認知行為の障害が認められる

B. 基準Aのような神経認知能力の低下によって日常社会生活の自立が困難である

C. 基準Aのような神経認知能力の低下は、せん妄状態でのみ起こるものではない

D. 基準Aのような神経認知能力の低下は、他の精神疾患によっては説明できない

せん妄の診断基準

特に、基準A、基準Cがせん妄らしい症状の特徴です。せん妄によって障害される注意の能力とは、一定時間決まった物事に注意を向け続けておく能力、複数の情報のなかから必要な情報にだけ注意を向ける能力などです。

A. 元々持っていた注意や意識の能力が明らかに低下している
B. 基準Aのような症状が数時間から数日の間に出現し、1日の間で症状の程度が変動する
C. 記憶が欠損する、見当識がなくなる(自分のいる場所や状況、年月日、周囲の人間との関係性などがわからなくなる)、言語の理解が悪くなる、空間認知能力が低下する、錯覚や幻覚が生じる、などの認知機能に関する症状がある
D. 基準Aや基準Cのような症状は、昏睡のような著しい覚醒水準の低下状態で起きているものではなく、認知症や軽度認知症としては説明できない
E. 他の医学的疾患や中毒症状など、何らかの原因による生理的変化により引き起こされている証拠がある

認知症の代表的な治療方法

認知症への薬物療法

残念ながら、認知症に対する根本的な治療方法は見つかっていません。

ただ、アルツハイマー病やレビー小体病による認知症については、薬で進行を遅らせたり、症状を軽くしたりできることがあります。また、不安や気分の落ち込みなどに対しては、抗不安薬や抗うつ薬などの精神科薬を対症療法として使用します。

認知症の人は処方された薬を決められた通りに服用することが難しい場合が少なくありません。最も多いのは、飲み忘れです。そのため。周囲の人間によるサポートや道具の活用によって、適切な服薬をサポートすることが必要になります。

リハビリテーションによる脳の活性化

脳細胞を活性化させることで進行を遅らせるのが、作業療法などのリハビリテーションです。五感を刺激したり、手指の運動を行ったり、芸術や動物に触れることで脳を刺激したりします。

リハビリテーションは、脳によい刺激を与えることが大切です。本人が苦手とすることや嫌いなことを無理強いすると、ストレスによって脳の働きが抑制されるため、本人が楽しみながらやれるものがよいリハビリテーションとなります。

認知症のセルフケアと予防

認知症は治療法が確立していないため、脳を健康な状態に保つことで予防することが大切です。

脳を健康に保つには、食生活の改善や適度な運動が有効です。細かい手作業を行ったり、趣味やゲームを楽しんだりすると、脳によい刺激がもらされます。活動に人との楽しいコミュニケーションがともなっていると、脳を上手に活性化させることができます。

最近は市区町村の保健センターなどで認知症予防のための取り組みが行われています。多くは数人が集まって行う活動ですから、こうした地域の活動を利用しながら健康維持を図っていくのが効果的です。

認知症への周囲のかかわり方

加齢によるもの忘れと違い、認知症は、本人が自覚しにくいことを特徴とします。周囲が異変に気づき、早期発見・早期治療につなげることが大事です。認知症の発症や進行には、ストレスも関連しています。もの忘れや認知症の症状を責めてしまうと、ストレスがかかり、さらに状況が悪化しかねません。そういう意味では、受診の無理強いも避けたいところです。

認知症の症状が出る前に、地域の高齢者向け健康事業や趣味サークルへの参加を後押ししておくことをおすすめします。本人のセルフケアにもなりますし、家族から認知症などと指摘されるよりは、同年齢・同年代の人同士で自分の衰えを話し合ったり指摘し合ったりした方が、傷つきが少なく済みます。

認知症の発症後は、デイサービスで本人の居場所を確保したり、高齢者福祉サービスで専門家に支援してもらったりすることがおすすめです。認知症は経過が比較的長く、やがて介護を必要とすることになるかもしれません。家族の介護疲れと共倒れが心配されますから、家族だけで抱え込まないようにしましょう。

さいごに

ここまで認知症について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。

再掲ですが、認知症とは、脳の神経細胞が破壊されたり減少したりすることで、日常生活を正常に送れない状態になってしまう脳の病気です。

認知症にはいくつかのタイプがあり、タイプによって色々な原因が指摘されてはいますが、その全ては明らかになっておらず、治療法も確立していないので、脳を健康な状態に保つことで予防することが大切です。

このページを読んだあなたの人生がより豊かになることを祈っています。