限定合理性とは
限定合理性とは、人間がどんなに合理的な行動を取ろうとしても、さまざまな制約条件によって、あくまで限定された合理性しか持ち得ないことを示す用語です。
限定合理性により判断が歪む具体例
就職活動でより自分に合った企業選びをしようとしていても、そもそも働いたことがないので、どういった軸で会社を選べば良いのかがわからず(制約)、結果として「人が良さそう!」という理由だけで就職先を決めてしまうこと(行動)
もちろん人によっては、事前にインターンで働くイメージをつけたり、先輩と相談して軸を明確化したり、業界研究やOB訪問を経て、自分に合う就職先を見つけていることもあるでしょう。
このように、個人の処理能力、かけた時間、保有している情報といった、行動の主体者たる人間が受ける制約に応じて、合理性の度合いも変動することがわかります。
提唱者はハーバート・アレクサンダー・サイモン
ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの学者ハーバート・アレクサンダー・サイモン(Herbert Alexander Simon)が1947年に自身の著書「Administrative Behavior」で提唱したところから広まりました。
限定合理性は、それまで長く支持されていた「人間は完全に合理的な行動をとる」という従来の考え方を完全に覆すものとして、人間の行動モデルでは主流となりました。のちに多くの学者が限定合理性の研究に携わるようになり、心理学、経済学をはじめ、さまざまな領域で応用されるようにまでなっています。
ミクロ経済では、専門家による経済や株価予測はほぼ外れる
ミクロ経済において、専門家による経済予測や株価予測が当てずっぽうと変わらないレベルで外れていることが、限定合理性の最たる例です。
事実、各企業やアナリストがこぞって「人はこういう心理でこう行動し、こういう商品を購入する、だからこうなる」と予測を立てたところで、消費者ごとが持つ限定合理性を理解できないという制約があるので、その予測も限定的な合理性しか持ち得ません。
例えば、健康になりたいのであれば、タバコを吸わず、瞑想をして、適度な運動をして、規則正しいリズムで生活すべきと科学的に証明されていますが、実践している人は少ないはずです。
人間が本当に合理的なら、タバコの企業が大きくなることもありません。
このように「人が行動するかしないか」の判断基準は、合理だけではないため、以下のような経済学のテーマに対しても予想が当たらないのです。
- 株式のトレンドは売り買いのどちらか
- これから経済はどう発展(あるいは衰退)するか
- 市場における商品やサービスの価格はどう推移するか
大雑把な推測はできても、数十年先の未来はだれにもわかりません。
そのためミクロ経済学では、個々の人間が非合理的な行動をとるということを加味したうえで、ミクロな観点から消費活動や市場動向を分析していくのです。
専門家の予想はチンパンジーがダーツを投げるのと同じくらいいい加減
専門家の予想はほとんど外れている、という残酷な統計があります。
心理学者フィリップ・テトロックが、1980年~2000年の20年間にかけて専門家による予測を3万件近く集め、その予測が当たっていたのかを調査したところ、ほとんどが外れていたのです。
さらに面白いのは、テトロックが心理学者バーバラ・メラーズと2011~2015年にかけて、自称2万人の専門家を募り追加調査を行ったところ、理論上最高レベルの並外れた予測力を持つ「超予測者」がいることを発見しました。
しかし、その予測が当たるのはせいぜい1年先までで、5年先になると全く当たらないという結果が出ています。
このように人間は、未来に対して合理性を持つことは難しいのです。
・参考文献
21世紀の啓蒙 上: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩 (草思社)
限定合理性による影響を受けやすい具体例
未来の予測となるとさまざまな要因が絡むので、限定合理性の影響を受けやすくなります。
事例(1) 就活や転職活動
人生において多大な比重を占める意思決定である「就職活動」や「転職活動」においても、限定合理性が効力を発揮しているシーンが多々みられます。
例えば、企業を選ぶときでも、
そもそもどうやって会社を選べばいいかがわからず(制約)
結果「人が良さそう」だけでなんとなく就職先を決めてしまった。(行動)
であったり、
実際に営業職として働いたことがないので、仕事のイメージがつかめなかったが(制約)
「やりがいあるよ!」という人事の言葉を鵜呑みにして、営業職を志望してしまった。(行動)
などが挙げられるでしょう。
そのため、より合理的な意思決定を下すためにも、事前に会社を選ぶ判断軸を明瞭化するのはもちろん、
業界分析やインターンを通じて、仕事への理解を深めておくことが重要です。
事例(2) 会社の経営
企業の経営においても、完全に合理的な活動を行うことは困難です。
実際、いかに経営層が合理的な判断のもとで経営を行おうとしても、変化の大きい現代において、各事業の先行きを予測することは、非常に難しいことです。
そもそも、経営層を除く従業員が大多数を占める組織である以上、就業に対する従業員個々の能力や意識まで把握して経営に活かすことなど、できるはずがありません。
これらの制約により、経営層の意思決定の合理性は、あくまで限定的なものとなるのです。
そのため、不透明なビジネスの世界において、会社を長期存続させるためには、いかに自社や業界、市場への解像度を深められるかがポイントとなるでしょう。
合理性を高める3つの方法|限定された合理性しか持ち得ない人間は、”正しさ”を目指すことしかできない
人間はどんなに合理的な行動を取ろうとしても、情報収集やその処理能力、処理にかかる時間などの制約を受けるため、合理的な行動は必然的に阻害されてしまいます。
言い換えると、制約によって限定された合理性しか持ち得ない人間は、数年後の未来予測は愚か、絶対的な”正しさ”を持つ合理的な意思決定をすることができないのです。
ただ、絶対的な”正しさ”こそ存在しないものの、後悔のない行動をするためには、“より正しい”行動を目指す姿勢が重要となってくるのです。
- 人間が受ける制約を減らす
- 制約下の行動では、”何を捨てるか”を決める
- 未来を予測できない人間は、今を集中して生きる他ない
ではそれぞれ説明していきます。
(1) 人間が受ける制約を減らす
認知する情報や処理能力・時間といった多くの制約を受ける人間は、あくまで限定された合理性しか持ち得ないので、より合理的な行動をするために制約を減らす努力が必要です。
例えば、以下のようなものです。
- 情報収集
→より広く深く情報を集める
→自分に不都合な情報も集める - 処理能力
→経験を積んで正しい判断能力をつける
→作業効率化を図る - 処理にかかる時間
→時間配分を増やす
このように、制約となりうる項目について個別対策をすれば、意思決定における合理性のレベルをあげることは可能でしょう。
参考:認知バイアスが人間の認知を歪める
認知バイアスとは、常識や固定観念、また周囲の意見や情報など、さまざまな要因によって「合理的でない」認識や判断を行ってしまう認知心理学の概念です。
認知バイアスの例
これらのバイアスは、脳が「知覚し・感情を生起させ・記憶を形成し・行動に至ったりする」といった全プロセスに影響を与えるため、ときに大きな判断ミスに繋がることもあります。
(2) 制約下の行動では、”何を捨てるか”を決める
多くの制約を受ける人間は、高い合理性を全ての行動に持たせることこそ合理的ではないので、選択と集中をする必要があります。
例えば、ビジネスマンであれば、目に見えている仕事を100%でこなすことは不可能なので、最終的にもたらされる利益への貢献度合いによって、やる仕事とやらない仕事を決め、優先順位をつけて進めているはずです。
また、最高のパートナーが欲しい場合でも、全世界の異性を対象として、容姿や知能といった遺伝的『性能』と、性格や相性といった後天的『性質』を定量比較はしないでしょう。
現実、ほとんどの方は、周りで認知している異性の中から良いと思った1人を選び、長い年月をともにすることで信頼を積み上げ、最高のパートナーとしているはずです。
このように、多くの制約があるが故、完全合理性を持ち得ない人間は、見えている範囲から優先順位をつけて、選択と集中をすることが重要なのです。
参考:パレートの法則を活用して、大事なものに集中しよう
パレートの法則とは「結果の8割は、2割の要素で構成されている」という法則のことで、いま見えている選択肢の中でどこに集中すべきかを明らかにする効果があります。
- 例1. 売上の8割は、2割の顧客が支えている
→2割の顧客を、より優先的に対応 - 例2. 利益の8割は、2割の商品が作っている
→2割の商品に、より注力して戦略を立てる
事実、行動の主体者たる人間・組織には、リソースや処理能力に限界があるため、パレート分析による『選択と集中』を行い、大事なものに集中することが重要なのです。
(3) 未来は予測できないので今を集中して生きる他ない
専門家ですら未来の予測精度が当てずっぽうレベルということを踏まえると、全く予測できない未来のことを細かく考えても仕方がありません。
なにより目の前のことが見えなくなっては本末転倒なので、現在の選択を制約を受けつつも最良なものにしていく姿勢こそが重要なのです。
事実、スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱した「計画された偶発性理論」にて、キャリアの8割は偶然によって決まり、その偶然は計画的に呼び込める、とされているように、
将来の夢やら大きな目標といった見えない”未来”ではなく、一生懸命生きた”今”の積み重ねこそが、自身にとってプラスになる機会を引き込むのです。
参考:未来すら過去同然に見える「ラプラスの悪魔」
ラプラスの悪魔(Laplace’s demon)とは、「ある瞬間における全ての力学的・物理的な状態を把握し、かつそれを解析できるだけの能力を持つが故に、未来含んだ宇宙の全運動を、過去同然にすべて知り得る知性」を指す概念のことです。
これは、多くの制約により『限定合理性』しか持ち得ない人間とは対照的で、一切の制約がない『完全合理性』を持ち得るので、”悪魔”と称されるに相応しい知性です。
なお、この名称は1812年、フランスの数学者・天文物理学者であるピエール=シモン・ラプラスによって『知性』として提唱されて以降、広まる過程で定着したものです。
実際、ラプラスの自著では以下のような主張がされています。
もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、
この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も、過去同様に全て見えているであろう。
— 『確率の解析的理論』
最後に
いかがでしたでしょうか。
限定合理性とは、行動の主体者たる人間が多くの制約を受けることによって、あくまで限定された合理性しか持ち得ないことを指しています。
そして限定された合理性しか持たない人間は、未来に関する予測の精度が低いので、すべての条件下における”正しさ“を貫くことは不可能です。
しかし、いくらかの『制約を軽減』し、どの行動に合理性を持たせるかの『選択と集中』を行えば、トータルの合理水準を高めることはできるので、
後悔のない行動をするために、この変化の多い現代において重要なことは、絶対的な”正しさ”はないと知りながらも、常に”正しさ”を追い求め続ける姿勢を持つことではないでしょうか。
このページを読んだあなたの人生が、
より豊かなものとなることを祈っております。