正常性バイアスとは、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする、という思考の偏りのことで、別名「正常化の偏見」とも呼ばれます。
例えば、以下のようなもので、
「体調悪い気がするけど、自分は大丈夫」
「テスト勉強していないけど、なんとかなる」
このように、客観的に見たら大丈夫ではない事実に対して、「自分だけは大丈夫」と思い込んでしまう歪みこそ、正常性バイアスによる影響です。
この正常性バイアスは「認知バイアス」と呼ばれる、人間誰しもが持っている「思考のかたより」の一種で、個人だけでなく集団内でも発生することがわかっています。
今回は、そんな「正常性バイアス」について見ていきましょう。
正常性バイアスは、認知バイアスの1つ
認知バイアスとは、常識や固定観念、また周囲の意見や情報など、さまざまな要因によって「合理的でない」認識や判断を行ってしまう認知心理学の概念です。
正常性バイアスの他にも様々な認知バイアスがあります。
ちなみに、「バイアス」とは思考の偏りのことを指しています。
「バイアス(bias)」はもともと英語で「かたより(偏り)」という意味で、心理学においては「人の思考における偏り」を指します。
言い換えると、「思い込み」や「先入観」、「偏見」「差別」といったものから、「傾向」という軽度なものまですべて「バイアス」です。
これらのバイアスは、脳が「知覚し・感情を生起させ・記憶を形成し・行動に至ったりする」といった全プロセスに影響を与えるため、ときに大きな判断ミスに繋がることもあります。
そして、思考にバイアスのない人間は存在せず、全ての人間は、あくまで限定された合理性しか持ち得ないというのがポイントです。
「正常性バイアス」のメカニズム〜人間の心は鈍感にできている

人間の心は、予期しない出来事や変化・新しい事象に対して一つひとつに過剰反応していると、心がすぐに疲弊してしまうことから、ある程度「鈍感に」できています。
そのため、予期しない刺激を「正常な範囲内である」と心が自動的に認知し、処理されてしまうメカニズムが正常性バイアスなのです。
また、正常性バイアスはもともと防災における心理の見地から提唱されたといわれており、他の認知バイアスを含めて、今でも多くの研究がなされています。
「正常性バイアス」が働いたとされる事例
正常性バイアスが特に大きく影響する場面が、災害時です。
例えば、自然災害における課題として、「警報が出ていることを知っていても避難しない人」が一定数存在することが指摘されています。
これはまさに正常性バイアスの結果で、自分にとって都合の悪い「避難しないと危険である」という情報を無視したり、「避難するほどではない」と災害を過小評価したり、などが挙げられます。
ではそれぞれ解説していきます。
正常性バイアスの事例(1) 東日本大震災(2011年)

日本において集団に正常性バイアスが働いたとされるもっとも大きな事例は、2011年に発生した東日本大震災こと東北地方太平洋沖地震です。
地震発生直後のビックデータから人々の行動を解析したところ、
ある地域では地震直後にほとんど動きがなく、津波を実際に目で目撃してからようやく避難行動に移っており、避難行動に遅れが生じていたことが後の研究から明らかになっています。
Q.どうして東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で2万人の犠牲者が出たの?
A.津波の高さの過小評価と住民たちが「津波はそんなに来ないだろうから逃げなくても大丈夫だろ」と言う正常性バイアスが働いたのが原因だと考えます。 pic.twitter.com/CngCaIpstG— 長崎いろいろ鉄@スーパー暇人 (@NANKAIsmaii5004) May 6, 2020
正常性バイアスの事例(2) 御嶽山噴火(2014年)
また、2014年の御嶽山噴火でも似たような事象が起きています。

ー朝日新聞
亡くなった人の多くが噴火後もすぐに避難することなく火口付近に留まって噴火の様子を撮影していたことがわかっており、中にはスマートフォンを握り締めたまま亡くなっていた人もいたそうです。
これも正常性バイアスによる影響で「噴火はしているが、大丈夫だろう」と思い込み、危機意識が薄れてしまったことが原因です。
正常性バイアスの事例(3) コロナウイルス(2020年)
2020年初頭から世界中で未曾有の事態に発展しているコロナウイルス感染症に関して、2020年5月、とあるニュースが話題となりました。
一人の女性がコロナウイルス感染の疑いがあったにもかかわらず高速バスで実家に帰省したというものです。

ー朝日新聞
その後彼女はコロナウイルスに感染していることが判明し、一緒に過ごしていた友人にも感染するという深刻な事態となりました。
この状況も、
- 自分に限って感染しているはずがない
- 数日の間であれば帰省するくらい何の問題はない
という正常性バイアスが働いた結果だと推測できます。
今回の女性に限らず、外出を控える要請がなされている中で「自分は大丈夫」と無根拠に思い込んで外出を繰り返すことは、まさに強い正常性バイアスがかかった結果による思考と行動です。
「正常性バイアス」を防ぐことはできるのか?
先ほどもお伝えしたとおり、正常性バイアスは、有象無象に氾濫する外部刺激から自動的に脳を守るための仕組みなので、簡単に防ぐことはできません。
そもそも人は自分の認知に偏りがあることを自分で自覚できないので、正常性バイアスが自分に働いているかどうかの知覚すら難しいわけです。
しかしそうなると、災害時の避難活動にはまったく意味がないことになってしまうので、現在において有効とされる手段について紹介します。
では、それぞれ解説していきます。
訓練を重ねて「想定外」を想定内にする
これはいわゆる防災訓練に該当するものです。
緊急時と同様の事態を疑似的に作り出し、避難活動を身体、そして脳に覚えさせることで、万が一の事態でも「想定外」とはならず、正常性バイアスに陥ることを防ぐことができるといわれています。
また、防災訓練に限らず、日ごろの防災教育や防災意識を高めることも同じように重要であるといえるでしょう。
現に消防や救急、自衛隊などに勤務される方々は普段から訓練を重ねています。
また実際の仕事の中で災害にも幾度となく遭遇していることから、万が一の事態においても正常性バイアスに陥ることなく、常に危機感を持って救命活動ができていると言えるでしょう。
日頃の訓練の結果、正常性バイアスから逃れた実例

実は、先ほど例に挙げた東日本大震災において、岩手県釜石市は他の地域と同様に津波による被害を受けましたが、釜石市の中学生における生存率は99.8%と極めて高いものでした。
これは当時、釜石市では群馬大学の片田敏孝教授による指導の下で、8年にわたる防災教育と防災意識の向上、そして定期的な避難訓練の取り組みがなされていたためとされています。
釜石市には、今では「釜石市の奇跡」とさえ呼ばれている「津波てんでんこ」という教えによって、多くの命が救われたとされています。
「てんでんこ」の語源である「各自」、すなわち「津波の恐れがあるときには各自てんでばらばらに散らばって一刻も早く高台に避難し自分の命を守ること」という意識が、スムーズな避難を可能にしたのです。
震災時にも、校長や副校長らが率先して「逃げろ」「走れ」と指示し、全員が誰を待つこともなく率先するかのように校門を出て、避難所へ逃げることができたとのことです。
ただ、その後の調査で「他人の命を気にせず自分だけ逃げるなんて薄情だ」「自分だけ助かれば良いという自己中心的な考え方だ」と多くの人に捉えられていることが明らかになっています。
逆に、釜石市では地震直後に、みんなで点呼を取って集合して、一緒に福祉施設に逃げたりするような動きもあったそうですが、それでは手遅れになりかねません。
周りは気にせず、率先して避難行動に移る
有事の際は、まわりを気にせず、「誰も逃げていないとしても率先して避難行動に移る」くらいの防災意識を持ちましょう。
実際に、「誰も避難していないからいいや」という感覚は、すでに「逃げない理由」を作るための正常性バイアスによる偏りで、気づいたら手遅れ、という状態にもなりかねません。
そのため、避難率先者になることは、防災教育の中で非常に重要な要素の一つであり、避難訓練の中で避難率先者を意識的に経験するという取り組みもされているほどです。
そもそも、非常事態の際は普段通りに考えたり行動したりすることがそもそも難しくなる状況であり、正常性バイアスに陥らないこと自体が、一般人にはほぼ不可能です。
そのため、正常性バイアスがかかっていることを加味した上で自分自身が率先避難者となるなどの心がけも重要になってくるでしょう。
さいごに
いかがでしたでしょうか。
正常性バイアスとは、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする、という思考の偏りのことで、別名「正常化の偏見」とも呼ばれる心理現象でした。
この正常性バイアスは、個人だけでなく集団内でも発生することがわかっていて、災害発生時に大きな影響をうむことがわかっています。
ただ、正常性バイアスは、有象無象に氾濫する外部刺激から自動的に脳を守るための仕組みなので、簡単に防ぐことはできません。
そのため、日頃から危機意識を持って、もしもの場合に対処できるだけの準備をしていくことが大切なのです。
このページを読んだあなたの人生が、
より豊かなものとなることを祈っております。
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