社会的学習理論(モデリング理論)とは
社会的学習理論(モデリング理論)とは、人は自身の体験だけでなく、他者の行動を観察・模倣すること(=モデリング)によっても学習する、とした理論です。
1970年代、カナダ出身の心理学者でスタンフォード大学の教授であるアルバート・バンデューラ(Albert Bandura)によって確立されました。
なお、観察によって学習が行われる理論なので、”観察学習理論”と名付けていいようにも思えますが、バンデューラはあえて”社会的学習理論”としています。
その由来は「学習は社会のなかで行われるもの」と強調するためで、著作では「人間の学習は、人間と社会との相互的制御関係のなかで行われる」とも述べられています。
社会的学習理論(モデリング理論)の具体例
社会的学習理論では、他者の行動が賞罰によって強化される様子を観察・模倣するだけでも学習が行われる『代理強化』と呼ばれる特性を持つとされています。
具体例を見てみましょう。
高校生の佐藤さんが、宿題の範囲を間違えて多めにやってきてしまい、思いがけずみんなの前で先生から褒められました。そして佐藤さんは、みんなの前で褒められたことが嬉しく、次の日もその次の日も、宿題を多めにやって提出するようになります。
数日後、こうした佐藤さんの様子を見た同じクラスの生徒までも、多めに宿題をやってくるようになりました(=代理強化)。
解説すると、まず佐藤さんが、”褒められる”という報酬を得ることによって、”宿題を少し多めにこなす”ということを学習しました。
ちなみに、賞罰によって行動の頻度が上がっているので「強化」に当たります。
そして、佐藤さんが先生から褒められて宿題に熱心になっていくのを『見ていただけ』なのに、周囲の生徒も宿題を多くやるように学習しました。
これも「強化」に当たります。
このように、他者の行動が賞罰によって強化される様子をモデリング(観察・模倣)するだけで、学習(強化)が起こるとされており、この一連のプロセスは社会的学習理論において『代理強化』と呼ばれています。
社会的学習理論の実証実験|ボボ人形実験
バンデューラの「社会的学習理論」は、いくつかの実験結果をまとめて体系化したものですが、その中でも一番有名な『ボボ人形の実験』を紹介します。
この実験では、子どもの背丈くらいある大きなビニール製の、起き上がりこぼし人形(ボボ人形)が使われたことが実験名の由来となっています。
まず、3~6歳の子どもを被験者として3グループに分け、おもちゃ部屋にいる大人が、それぞれ違った方法でボボ人形と遊んでいる様子を観察させました。
ボボ人形との遊び方3パターン
- グループA
大人は木槌でボボ人形を叩きながら遊ぶ - グループB
大人は愛情をもってボボ人形に接しながら遊ぶ - グループC
大人はボボ人形を激しく罵倒しながら遊ぶ
そして、子ども達に大人の様子を観察させた後、おもちゃ部屋に移動させます。
おもちゃ部屋には、ボボ人形以外にもたくさんのおもちゃがありますが、「他の人のものだから遊ばないように」と伝え、フラストレーションを与えます。
その後退室し、子ども達だけにした後、子ども達がおもちゃ部屋でどのように遊ぶのかを観察しました。
実験の結果、グループAの子どもの多くは、木槌でボボ人形を叩いて遊びました。
そして、グループCの子どもも、木槌でボボ人形を叩くことはなかったものの、その遊びは攻撃的なものでした。
これらに対し、グループBのフラストレーションが溜まっているのにも関わらず、攻撃性の伴わない遊び方となったのです。
この実験結果から、被験者の子どもたちは、自分で経験していないことでも大人の行動を観察することによって「学習」することが証明されたのです。
なお、暴力性のある動画・映像が、子ども達の問題行動に与える影響を指摘するものでもあったため、人とメディアの付き合い方にも大きな影響を与えることになりました。
従来の『行動主義心理学』における学習では、自身の体験が必須だった
学習心理学の分野において、社会的学習が提唱されるまでは、行動主義心理学における学習、つまり『自分自身の体験』を必須とした理論が主流とされていました。
例えば、自分自身が何かに失敗することで間違いだと知ったり、逆に成功することで正しいと知ったりなど、一連の試行錯誤を積み重ねで人は学習する、とした考え方です。
そして、賞罰を与えられることで、『強化(より高い頻度でその行動が出現すること)』が起きるとされ、もちろんその賞罰を与えられる主体者は、自分自身でした。
しかし、「学習」に自身の体験が必須なのであれば、本人が行動と賞罰を体験しなければ、行動が強化されることはありません。
言い換えると、本人が体験していないことや体験できないことは「学習」できない、ということになってしまうでしょう。
これに対してバンデューラは、本人が体験していないことであっても、他者が体験している様子を観察することによって「学習」が行われると証明したのです。
学習プロセスから見る『社会的学習』と『行動主義的学習』の違い
社会的学習と行動主義的学習では、学習に至る自身の体験有無はもちろん、学習プロセスにおける主体性が大きく異なります。
- 社会的学習の学習プロセス
他者の行動から学習、自由意思に基づいて行動
→能動的 - 行動主義的学習の学習プロセス
自身が受ける刺激への反応として学習
→受動的
ではそれぞれ詳しく説明していきます。
社会的学習理論の学習プロセス
社会的学習理論における一連の学習プロセスは、4つに分類できます。
社会的学習の学習プロセス
- 観察対象に注意を向ける(注意)
- 対象の行動の内容を記憶する(保持)
- 対象の行動を模倣してみる(運動再生)
- 対象の行動に対するモチベーションが高まる(強化と動機付け)
このように、社会的学習理論における「学習」は、自ら他者の行動に注意を向けて、行動内容を記憶し、模倣する、といった能動的な学習プロセスとなっています。
いわば、他者の行動やその評価を『自分のことのように重ね合わせてイメージする』といった能動的な知性が使われているのです。
行動主義的学習の学習プロセス
一方、行動主義心理学における学習では、そもそも“自由意思”の存在は認められておらず、あくまで「学習」は刺激に対する反応に過ぎないとされています。
行動主義心理学における学習プロセス
- 何らかの特定の行動を誘発する刺激が与えられる(刺激)
- 刺激に対する反応として行動が生起する(反応)
- 特定の行動に対して報酬/罰を得る(正の強化/負の強化)
- 特定の行動に対するモチベーションが高まる(強化と動機付け)
このように、行動主義的学習における「学習」は、エサと罰とで調教された動物が、合図に対して行動を返すのとほぼ変わりない、受動的な学習となっているのです。
社会的学習による5つの効果
バンデューラがあげている「社会的学習」の効果は、以下の5つです。
社会的学習の5つの効果
- 観察学習効果
観察によって、新たな行動レパートリーが習得される効果 - 抑制・脱抑制効果
既に習得していた行動の抑制(セルフコントロール)や脱抑制(セルフコントロール逸脱)が生じる効果 - 反応促進効果
既に習得していた行動が触発されて生起しやすくなる効果 - 環境刺激高揚効果
明確なモデルがなくとも環境に対して適切に反応するようになる効果 - 覚醒効果
学習者の情動反応を喚起する効果
なお、1~3はモデリング(模倣)によってもたらされる効果、4~5は観察学習によってもたらされる効果とされています。
社会的学習のメリット&活用方法
ここでは、社会的学習のメリットと活用方法について解説していきます。
ではそれぞれ見ていきましょう。
社会的学習は、そもそも学習効果が高い
「行動主義的学習」による受動的な「学習」よりも、「モデリング」による能動的な「社会的学習」の方が、大きな効果があることが知られています。
なぜならば、自由意思に基づく主体的な行動変容は、効果が持続しやすく、かつイメージしながら学習することから、思考が体系化され、応用に繋げやすいためです。
こうした利点を踏まえると、職人が弟子に直接教えずに背中を見ながら覚えるようにうながすのも「観察学習効果」に適った学習方法と言えるでしょう。
職人としての心構えや所作なども、理由を考えながら習得することが望まれますから、「モデリング」による「社会的学習」が適切です。
社会的学習は、多人数における学習に効果的
一人ひとり全員に体験させずとも、代表者だけに体験させて、他の者には観察させるだけで大人数に「学習」させることができます。
そのため、従来の「行動主義的学習」よりも何十倍も効率よく「学習」させることが可能になるのです。
ただし、学習者が自分に置き換えてイメージすることが難しい場合は例外です。(例:土台となる知識がない、何に注目すべきかわからない場合)
なぜならば、社会的学習理論における一連の学習プロセス(1.注意→2.保持→3.運動再生)が働かないためです。
ここからわかるように、社会的模倣(モデリング)による”社会的学習”を促す際には、最低限の事前準備を行う必要があるでしょう。
良い環境を作れば、チームの気運が高まる
心理学にはリーダーシップについて研究する分野がありますが、近年注目されているリーダーのあり方に、「サーバントリーダーシップ」というものがあります。
サーバントリーダーシップでは、リーダーがメンバーを「支援」し、互いが「協働」することによってチームで掲げた目標へと行動を方向付けていくアプローチです。
従来は目指すべきモデルでもあった強いリーダー像ではなく、リーダーの主要な役割は、チームのコミュニティが良好に機能するように気遣い、支援的なスタンスでマネジメントすることです。
こうしたチームコミュニティのなかでは、メンバー同士が互いに助け合う気運が高まっていくことが知られています。
これは、「環境刺激高揚効果」によってコミュニティの雰囲気がメンバーに学習され、「覚醒効果」によって助け合うことの嬉しさが喚起されていくためです。
社会的学習の注意点|悪い行動も学習される
社会的模倣による学習では、良い行動だけでなく、悪い行動も学習されてしまうという注意点があります。
例えば、粗野で乱暴な行いが平常となっている社会環境で育った子どもは、自然とそれを身に付け、順応し、乱暴や振る舞いをするようになるのです。
一方で、礼儀正しく誠実な行いが平常となっている社会環境で育てば、子どもは礼儀正しく誠実に振る舞うことが適切だと学習し、そのような振る舞いをするようになります。
バンデューラによって「人間の学習は、人間と社会との相互的制御関係のなかで行われる」と述べられたように、子どもの”育成環境”である『社会』は非常に重要なのです。
最後に
いかがでしたでしょうか。
社会的学習理論(モデリング理論)とは、人は自身の体験だけでなく、他者の行動を観察・模倣すること(=モデリング)によっても学習する、とした理論です。
従来の行動主義的学習が、刺激に対する反応に過ぎない”受動的”な学習であるのに対して、社会的学習は、観察して模倣する”能動的”な学習でした。
そのため、学習効果が高く、さらに自身が体験しなくても学習できるという利点がありますが、悪い行いも学習してしまうので、注意する必要もあるでしょう。
このページを読んだあなたの人生が、
より豊かなものとなることを祈っております。
参考文献
- Bandura,A. 1971. Social learning theory(『人間行動の形成と自己制御―新しい社会的学習理論』)
- Banura,A. 1977. Social learning theory(『社会的学習理論―人間行動と教育の基礎』)
- Bandura,A. 1986. Social foundations of thought and action: A social cognitive theory