X理論・Y理論とは、それぞれ性悪説と性善説に基づいて、従業員の動機付けをどう行うべきかの経営手法について示した理論です。
X理論とは:
性悪説に基づく権限行使と命令統制による経営
Y理論とは:
性善説に基づく統合と自己統制による経営
上記のように、それぞれ両極端な特性を持っており、動機付けの理論として広く知られています。
では早速、X理論・Y理論の影響と事例、活かし方についてご紹介していきます。
X理論・Y理論とは?ダグラス・マグレガーが提唱
米国の心理学者ダグラス・マグレガー(D. McGregor)が提唱した「X理論・Y理論」は、動機付け理論のなかでは比較的新しい理論として知られています。
マグレガーは、1960年に『企業の人間的側面』を著し、以下2種類の経営手法を示しました。
どちらの理論に基づくかによって、経営手法が異なることを見出したのです。
そして、X理論は、人間の動物的欲求に着目した性悪説に基づいており、以下のような考えを前提としています。
- 人間は生来怠け者で、強制されたり命令されたりしなければ仕事をしない
- 人間を働かせるには報酬(主に賃金)や罰が必要
- 人間は命令されることで責任回避し、安全を望む
一方、Y理論は、人間の精神的欲求に着目した性善説に基づいています。
- 仕事をするのは人間の本性であり、強制する必要はない
- 人間は自ら進んで設定した目標に対しては自主的・積極的に働く
- 承認欲求や自己実現欲求が満たされるような目標に対しては特に動機付けが高まる
実は、このX理論とY理論の成立には、アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow)という米国の心理学者が提唱した、「欲求5段階説(欲求階層説)」が深く関わっています。
X理論とY理論は「マズローの欲求5段階説」をもとにしている
「マズローの欲求5段階説」とは、人間には、5段階の欲求階層があり、「1つ下の欲求が満たされると次の欲求を満たそうとし、絶えず自己実現に向かって成長するものである」とした考え方です。
- 生理的欲求
生命維持のための本能的欲求。
例)食事、睡眠など - 安全欲求
予測可能で秩序ある安全な状態を得ようとする欲求。
例)経済的安定、健康状態の維持など - 所属欲求
他者と関わりたい、何かに所属したい、という社会的欲求 - 承認欲求
自分を認めたい、他者から自分の価値を認められたいという欲求 - 自己実現欲求
自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、自分らしい創造的活動がしたいという欲求
X理論は主に、「①生理的欲求、②安全欲求」に基づいたアメとムチの経営手法であり、
Y理論は主に、「④承認欲求、⑤自己実現欲求」に基づいた創造発展的経営手法とされています。
このように、従業員の欲求段階に応じて、経営手法を使い分ける必要があるのです。
X理論Y理論は状況に応じて使い分けよう
X理論とY理論は、事業内容や経営状況によって使い分ける必要がありますし、従業員の欲求と経営者の経営手法がマッチしていることが大切なのです。
もし仮に、アメとムチの経営手法(X理論)で経営者も従業員も満足しうまくいっているならば、変える必要はないでしょう。
しかし、従業員が承認欲求や自己実現欲求を持ち始めているのに、経営者がアメとムチの経営手法(X理論)を続けていけば、従業員の心は離れてしまいます。
逆に、従業員が給与や労働時間削減を求めているにもかかわらず、経営者がY理論(創造発展的を求める経営)をしていれば、従業員たちは安心安全に働ける職場を求め、離職するでしょう。
X理論とY理論に関する事例
ここでは、X理論とY理論に関する事例を、『保育園』をテーマにして解説していきます。
- X理論に関する事例
→保育士18名が一斉に退職届を提出 - Y理論をに関する事例
→保育士10名以上のストライキ
これらはいずれとも、大きなニュースとなって世間から注目を浴びた事例です。
X理論をないがしろにした事例:保育士18名が一斉に退職届を提出
経営者がX理論をないがしろにしてY理論を掲げていた事例です。
2019年12月、静岡県浜松市の保育園で、保育士18名が一斉に辞職するというニュースが流れました。
保育士ら18人、一斉退職へ 園長らのハラスメント訴え
浜松市西区の私立認可保育園で、園長らのハラスメントを理由に保育士ら18人が今月28日付で一斉退職することが12日、わかった。
引用:朝日新聞
当時、全国で保育園不足、保育士不足が叫ばれているなかでしたので、非常に大きなニュースとした扱われました。
さらにその後、退職予定の保育士18名一同から保護者に宛てられた『お詫びとお知らせ』という文書がTwitterで公開されたことも相まって、さらなる反響を呼びました。

その文書には、園長から保育士たちへの悪質なハラスメントの実態が書かれており、「ブログのための写真映えをする保育をしろ」と要求されることもあった、とのことです。
この園長は、保護者や社会からしっかりした保育をしていると認められる「承認欲求の充足」に力点を置いていましたが、それ以前に、保育士たちの「心身の安全欲求」が満たされていなかったのです。
Y理論を求めて従業員が決起した事例:保育士10名以上のストライキ
2020年2月、東京都三鷹市の保育士10名以上が労働組合に加入し、全日ストライキを構えて待遇改善を求めたというニュースが報道されました。

朝日新聞 2020年3月27日朝刊
ストライキの理由は、人員不足による過剰な業務負担、それによる保育の質の低下でした。
保育士たちは、緊急対応のとき、保護者と預かっている子どものために、残業代が出なくとも無賃労働をしており、過重労働によって心身の安全欲求が十分に満たされていませんでした。
ただ、保育士達が強く求めたのはY理論の部分で、
- 保護者の急用にも対応したい
→他者の役に立ちたいという承認欲求 - 子ども達が安心安全に過ごすことができる保育園でありたい
→保育士としての自己実現欲求
というものでした。
事例踏まえてのまとめ
ここまで保育園を対象とした事例ですが、これらは保育園だけでなく、他の企業であっても同様に問題視されることの多いテーマです。
特に今回扱ったような、
- 従業員の安全(X理論)を無視した経営により、従業員が退職した事例
- 従業員の精神的欲求(Y理論)と合わない強引な経営手法が誘因となった内部告発事例
などの例は、他にもたくさんあり、それくらい大切なことだということを教えてくれます。
従業員の欲求段階に応じてX理論とY理論は使い分けるべき
ここまで説明してきたようにX理論とY理論はそれぞれ適している場面が異なるので、状況に合わせて使い方を選ぶべきです。
具体的には、
といった使い分けです。
では、それぞれ説明していきます。
X理論による動機付けは、正確性が重視される業務が適している
X理論による経営に重点をおくのが効果的なのは、ちょっとしたミスが大きな事故や命に関わるような、正確性が求められる業務を行っている場合です。
例えば、あらかじめ決められた作業を、ミスがないように繰り返すような業務が適しているでしょう。
- 高所での作業や危険物の取り扱い業務
- 高度な個人情報や機密情報を扱う業務
- 精密機械や食品の製造ライン、インフラ整備
これらの場合、従業員は自己実現や創造性の発揮よりも、生理的欲求や安全欲求が満たされることを望むので、X理論を適用するのが合っているのです。
X理論の動機付けには、管理と評価が必要
経営者には、以下のような管理と評価が求められます。
- ミスの有無を視覚化してミスがないことを評価すること
- 業務内容に合った賃金や危険手当を支給して安全欲求を満たすこと
- 事故につながりかねないミスが発覚したときには、必要十分な注意と指導を行ったりすること
これは、X理論の前提である、
- 人間を働かせるには報酬(主に賃金)や罰が必要
- 人間は命令されることで責任回避し、安全を望む
という考え方を踏まえたものです。
このように、しっかりとしたマニュアルを作り、それに則ることを求め、危機管理をしていくことがX理論での動機付けを行う上で、大切となってきます。
Y理論による動機付けは、創造性が求められる業務が適している
Y理論による経営に重点をおくのが効果的なのは、これから知恵を出し合って成長発展していこうとしている企業に向いています。
例えば、以下のような業種が、Y理論での動機付けに適しているでしょう。
- 先進技術の開発・研究を担う企業
- 個人の主体性を活かすベンチャー企業
- 人の感情に訴えかけるデザイン広告業界
- 顧客とのコミュニケーションのなかでファンを集めていく必要がある接客業
特に、顧客がエンドユーザーとなる不動産の営業職やアパレル関係の販売員などをはじめとした接客業では、Y理論に重点を置くことが適切でしょう。
なぜならば、従業員はルーティンワークを無難にこなすことよりも、「承認欲求や自己実現欲求の充足」を望むためです。(以下参照)
- 顧客から信頼を寄せられたい
- 作品に自分らしさを発揮したい
- 成果が日常生活に変革を起こしたい
このように、従業員は、生理的欲求や安全欲求が満たされることよりも、自己実現や創造性の発揮を望むため、Y理論を適用するのが合っているのです。
Y理論の動機付けをするために必要なこと
Y理論は、X理論が満たされていることで初めて意味を成すので、安全衛生管理や適切な労務管理、福利厚生の整備は大前提です。
そのため、経営者には、以下のような環境整備が求められるでしょう。
- 従業員の能力や職務に合った裁量権の付与
- 従業員が各々個性を発揮できる企業風土
- 積極的に新しいアイディアを提案してチャレンジできる機会の確保
また、自身の社会的成果を実感できる、顧客の感謝や喜びの声を知れるような機会をつくるのもいいでしょう。
これらは、Y理論の考え方である、
- 仕事をするのは人間の本性である
- 人間は自ら進んで設定した目標に対しては自主的・積極的に働く
のような仮定を前提としています。
このように、主体的に動けるように適切な裁量を与え、個性を発揮できるような環境を作っていくことが、Y理論での動機付けを行う上で、大切となってきます。
X理論・Y理論から生まれたZ理論
ただ、職業や業務内容によっては、X理論を適用すべきか、Y理論に発展すべきかの判断に迷うことがあるかもしれません。
なにより、人間の欲求は絶えず変化していくので、従業員の欲求段階も常に一定とは言い切れないのが困ったところです。
実は、X理論・Y理論を提唱したマグレガー自身、後にこの理論だけでは説明し切れない人間の行動があることに気づき、それを融合した理論の確立を目指そうとしていました。
マグレガーはそれを達成する前に生涯を終えてしまいましたが、後に様々な心理学者や経営学者が、X理論とY理論を発展させ、「Z理論」と呼ばれる理論に昇華させています。
Z理論は、指揮命令系統がはっきりしているX理論と、従業員が自主性を発揮しながら能力を発揮していくY理論のいいところを取り入れ、上下左右で良好なコミュニケーションを活性化させた考え方です。
つまり、X理論・Y理論のどちらかを採用するのではなく、取り組むべき業務や従業員の成長段階に合わせ、理論を実践に応用していくことが大切となってくるでしょう。
最後に
ここまで、X理論とY理論について説明してきましたが、いかがでしたでしょうか。
X理論・Y理論とは、それぞれ性悪説と性善説にもとづいて、従業員の動機付けをどう行うべきかといった経営手法について示した理論でした。
そして、両極端な特性を秘めているため、状況に応じた使い分けをしないと、モチベーションを保つことができずに、現場が崩壊してしまうケースも多々あります。
そのため、状況に応じて適切に使い分ける知恵を知ることが非常に重要となるでしょう。
このページを読んだあなたの人生が、より豊かなものとなることを祈っております。
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