Z理論とは、経営手法において不完全な動機付け理論として知られる「X理論・Y理論」を、複数の学者が改良した考え方のことです。
ここでの「動機付け」は心理学の専門用語ですが、英訳して「モチベーション」と言うと、ぐっと身近に感じられるかもしれません。
「動機付け」という行動心理学の分野のなかでも、X理論、Y理論、Z理論はそれぞれ関係が深く、Z理論を理解するのは、X理論とY理論の理解が不可欠です。
そのため、まずはこの2つの理論を簡単に説明します。ある程度理解している方は目次からスキップしてください。
X理論・Y理論とは、性悪説性善説を元にした両極端な経営手法

X理論とY理論は、どちらもダグラス・マグレガー(D. McGregor)というアメリカの心理学者が1960年ごろに提唱した、動機付けに関する経営手法です。
- X理論は、性悪説に基づく
→権限行使と命令統制による経営 - Y理論は、性善説に基づく
→統合と自己統制による経営
どちらの理論に基づくかによって、経営手法が異なることを見出したのです。
ではそれぞれ簡単に説明していきます。
X理論とは、性悪説に基づく権限行使と命令統制による経営
X理論は、人間の動物的欲求に着目した「性悪説」に基づいており、以下のような考えを前提としています。
- 人間は生来怠け者で、強制されたり命令されたりしなければ仕事をしない
- 人間を働かせるには報酬(主に賃金)や罰が必要
- 人間は命令されることで責任回避し、安全を望む
そして、上から下への指揮命令系統がはっきりしていることから、ちょっとしたミスが事故に繋がるような正確性が求められる業務に向いています。
- 高所での作業や危険物の取り扱い業務
- 高度な個人情報や機密情報を扱う業務
- 精密機械や食品の製造ライン、インフラ整備
Y理論とは、性善説に基づく統合と自己統制による経営
一方、Y理論は、人間の精神的欲求に着目した「性善説」に基づいており、以下のような考えを前提としています。
- 仕事をするのは人間の本性であり、強制する必要はない
- 人間は自ら進んで設定した目標に対しては自主的・積極的に働く
- 承認欲求や自己実現欲求が満たされるような目標に対しては特に動機付けが高まる
そして、個人が積極的に個性を出して行動することから、創造性が求められる業務が適していると言えるでしょう。
- 先進技術の開発・研究を担う企業
- 個人の主体性を活かすベンチャー企業
- 人の感情に訴えかけるデザイン広告業界
- 顧客とのコミュニケーションのなかでファンを集めていく必要がある接客業
X理論・Y理論は不完全な理論だった
実際の企業活動や業務は、X理論・Y理論のそれぞれが向いている業務が複雑に絡み合っており、どちらの経営手法を取り入れるべきかを選ぶことが困難であるという欠点がありました。
また、本来はY理論に向いている状況のはずなのに、Y理論だけではうまくいかない事例があり、Y理論では不十分との批判もされるようになりました。
これを受け、マグレガー自身もX理論とY理論の融合を目指しましたが、それを達成せずに生を終え、別の学者によってZ理論が成立することとなったのです。
X理論・Y理論から生まれた2つの「Z理論」

マグレガーのX理論・Y理論をもとに提唱されたZ理論は複数あるため、ここでは特に有名な2つのZ理論を紹介します。
では、それぞれ見ていきましょう。
アブラハム・マズローのZ理論
1つ目のZ理論は、アメリカの心理学者アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow)によって提唱されたZ理論です。
もともとマグレガーのX理論・Y理論は、マズローが提唱した「欲求5段階説」というものから大きな影響を受けていたので、マズローがZ理論に興味を持つのは自然な流れかもしれません。
X理論Y理論の元となったマズローの欲求5段階説とは
「マズローの欲求5段階説」とは、人間には5段階の欲求階層があり、「1つ下の欲求が満たされると次の欲求を満たそうとし、絶えず自己実現に向かって成長するものである」とした考え方です。
- 生理的欲求
生命維持のための本能的欲求。
例)食事、睡眠など - 安全欲求
予測可能で秩序ある安全な状態を得ようとする欲求。
例)経済的安定、健康状態の維持など - 所属欲求
他者と関わりたい、何かに所属したい、という社会的欲求 - 承認欲求
自分を認めたい、他者から自分の価値を認められたいという欲求 - 自己実現欲求
自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、自分らしい創造的活動がしたいという欲求
X理論は主に、「①生理的欲求、②安全欲求」に基づいたアメとムチの経営手法であり、
Y理論は主に、「④承認欲求、⑤自己実現欲求」に基づいた創造発展的経営手法とされました。
マズローはY理論を発展させることでZ理論とした
ここでは、「⑤自己実現欲求」が一種の目標になるので、マズローは、Y理論を発展的に修正することでZ理論を成立させていきました。
そしてマズローは、Y理論がうまくいかない理由を以下のように分析しています。
より低次な欲求に支配された社会環境の企業は、貧困からくる金銭的欲求によって短絡的な利益追求を優先しやすい。
例えば、貧困な状況に置かれた発展途上国などがその代表である。
これを踏まえ、マズローは、
Y理論的な経営を成立し持続されるには、「社会環境の変化により、従業員や経営者の人間性をより高次なものに移行する必要がある」としたのです。
マズローのZ理論は「Y理論の成立には欲求段階が高次元である必要がある」とした考え方
マズローのZ理論は、
「経済的安定が確保されれば、その後、人は自然と価値ある人生や、創造的で生産的な職業生活を求めて努力するようになる」
という考え方をしています。
つまり、Y理論に基づくような「主体的で創造的な経営」を成立させるためには、
従業員も経営者も企業も経済的な安定を得ていて、欲求段階がより高次元である必要があるということです。
心理学者のマズローらしい「欲求5段階説」に基づいた理論ですが、実際の企業活動に応用する具体的な手段が明確ではないというデメリットがあります。
また、「マズローのZ理論」は人間性に頼った理論でもあったため、ビジネスの世界でそう広まることはありませんでした。
ウィリアム・オオウチの「セオリーZ」
2つめのZ理論は、1970年代にアメリカの経営学者ウィリアム・オオウチ(William Ouchi)が提唱した「セオリーZ」です。
セオリーZは、日本的経営に着目した理論
日系3世でもあったオオウチは、その頃目覚ましい経済的成長を遂げていた日本企業の経営に着目し、その原因を、X理論とY理論の優れたところが集まっているからだとしました。
当時の日本的経営の特徴は、終身雇用や経験の蓄積に伴うゆっくりとした昇進など、雇用と被雇用の関係を超えた、企業内で人間を育てていく経営手法でした。
これに対してアメリカ的経営は対照的です。
知的労働者であるホワイトカラーと、肉体労働者であるブルーカラーが明確に分かれており、指揮命令系統が明確なものでした。
企業内で人間を育てていくという文化はあまりなく、企業は必要とする能力のある人を採用する、労働者はスキルアップして自分を高く評価してくれる企業に転職していく、といった利害関係のはっきりした能力主義・個人主義的な経営手法です。
おそらくオオウチの目には、従業員が自分の利益のためではなく、会社のために自ら身を粉にしていく姿は、新鮮に映ったのでしょう。
この日本的経営特有の、企業内で人間を育てて、人生まるごとお付き合いをしていく「平等で親密な雰囲気」こそが、個人を主体的に動かしていくのだろうと考えました。
セオリーZは、日本的経営手法を備えたアメリカ的経営手法
オオウチが提唱したセオリーZのモデルは、「日本的経営手法を備えたアメリカ的経営手法」の企業となります。
例えば、終身雇用制によって企業が従業員を守れる体制を整えることで、企業内での経験の蓄積を重視しつつも、指揮命令系統がはっきりとしている状態です。
こうした企業では、従業員が自発的に行動し、企業の発展成長に貢献してくれるため、細かな管理監督がなくとも企業活動が適切に発展していくと考えたのです。
マズローのZ理論が「人間性の成長」を重視したのに対し、オオウチのセオリーZは、「企業と従業員の信頼関係」を重視しています。
そして、体制の整備という考えは企業としても取り入れやすいため、オオウチのセオリーZは、アメリカの経営改革の流れに大きな影響を与えました。
ちなみに、オオウチがあげた日本的経営の特徴は7つあります。
- ゆっくりとした昇進
- ジェネラリストを育成する傾向
- 非明示的な評価
- 意思決定の基準や目標
- 稟議による重要な意思決定
- 個人ではない集団的責任、
- 職場以外の人間関係の形成
なお、オオウチはこれら7つの特徴を日本的経営の特徴であることは隠し、アメリカ企業の管理職に見せて、特徴にあてはまる社名を答えてもらったところ、
IBMやHewlett Packardをはじめとした有名な優良企業の名前ばかりが挙げられたと報告されています。
しかし、当時の日本的経営が高く評価されたのは、高度経済的成長により爆発的な成長を遂げていたからにすぎません。
現在の日本では、セオリーZがうまく当てはまらないケースが非常に多いのです。
実際に、オオウチがあげた7つの特徴の多くは、日本企業が欧米の企業に劣る点として指摘されることも少なくありません。
この2つのZ理論ですら完全には至らない
ここまで説明してきたように、「マズローのZ理論」や「オオウチのセオリーZ」には不完全な点が多く、いずれとも理論として完全なものには至っていません。
そしていまだに、現代の経済活動や企業経営手法に当てはまる「動機付け」研究で、有力な説は発見されていないのです。
そのため、経営者は、企業の発展状況や経済基盤、従業員の意欲、業務内容に応じて、X理論、Y理論、Z理論、セオリーZ、日本的経営、アメリカ的経営、それぞれの手法を適宜取り入れています。
これも、ひとつの理論では説明しきれないほど、企業のあり方や業務内容が多様化してきているからでしょう。
それでも、これらの理論を学ぶことは無駄ではなく、それぞれの良し悪しがわかっていてはじめて、適切な取捨選択が可能になるものです。
したがって、どの理論を採用するかではなく、「会社や現場の状況をよく把握し、それに応じて経営手法を変化させていける柔軟性」こそが、Z理論の終着点とも言えるでしょう。
このページを読んだあなたの人生が、
より豊かなものになることを祈っております。
「動機付け」は「motivation(モチベーション)」という英語を邦訳した言葉ですが、日常的に使われている「やる気」という意味合いとは少し違っていて、
「ある行動を発現し維持することで、何らかの状態を一定の方向へと導いていく過程」のことを意味しています。
言い換えると「何らかの目標に向かってある行動を起こし、目標達成のためにその行動を継続していくことを支える原動力」のことです。